多くの男は、元カノと、ふつうの見知らぬ女を比較したとき、ふつうの女よりも元カノのほうが、セックスまで持ち込むハードルが低いと考えているようだ。
たとえば今、あたしと電話で話しているツカモト。
こいつの現在の心境なんかはその典型なんだろう。
「最近、どうしてるの?」
「別に、あんまり変わりないけど」
あたしはできるだけ気のないふうを装って、言葉を選び、声の抑揚も抑えて答える。
「・・・・・・最近ヒマでさあ。まあ仕事のほうは順調なんだけど、出会いが少ないっていうか」
「ああ、そう」
「で、そっちはどうなの?・・・新しい彼氏できた?」
「いやそれ、あんたに関係ないよね」
ちょっとだけ、ほんの少し、軽くキレてしまった。
いきなりそうくるか。
「そーなんだあ・・・相変わらず、ガードが固め、みたいな?……なんか、男を寄せつけない雰囲気っていうかさ、そういうの、前からない?・・・・・・まあ自分ではわからないと思うけど」
「え、あんた、あんたにはわかるっての?」
いけない。
またケンカ腰になってしまった。
ツカモト、てめえ、いったい何様だよ。
「え、なにキレてんの?」笑いながらツカモトが言う。
「キレてないよ。別に」
「なんでそうすぐムキになるかな~・・・そういうとこが、君のわるいとこだよ」
「いや、だからそんなの、いまやあんたに関係ないし」
「わかってるって・・・まあ、昔のなじみの、アドバイスだよ。そんなふうだから、彼氏できないんだよ」
「ってか、なんであんたにそんなこと言われなきゃなんないわけ?」
ツカモトは、あたしのことを良く知っているつもりなのだ。
ほかの男たちよりずっと。
確かにツカモトとはいろんなことをした。
付き合ってるときは、会うたびにセックスをした。
お互いの部屋で、そりゃあ人様にはとても見せられないような姿を彼には晒したし、ツカモトは他の男よりもずっとたくさん、あたしの服に隠れている部分について知ってる。
たとえば、あたしのお尻の上に、双子のほくろがあることとか。
それを発見したのはツカモトで、あたしはツカモトにそれを指摘されるまで、自分でもその存在に気づかなかった。
「じゃあ今、ひとりなんだ。でもなんだかんだ言って、寂しいでしょ」
「え、別に。・・・ってか、それも今やあんたとぜんぜん関係のないことなんですけど」
「いや、わかるんだよ。そういいながら、君がすっごい寂しがりだって。だってそうだったじゃん。おれと付き合ってるときは。・・・普段の君からは想像もつかないだろうなあ・・・君が結構、甘えん坊で寂しがり屋さんだ、ってことを」
「ってか、マジ、キモいんですけど」
怖気が走った。
なんなの、こいつ。
「・・・そうそう、そういう、普段の態度と、プライベートのときの寂しがり屋で甘えん坊なののギャップが、グっとくるんだよなあ」
「・・・え、ほんと・・・シャレになんないくらいキモいんですけど」
「・・・そういうとこを、もっと表に出さなきゃ。男ってのはさあ、そういうギャップに弱いんだよ。普段、怖い顔して厳しいことしか言わない君が、ときどきそういう素顔を見せたら、もう並の男だったらたまんないと思うよ」
「ちょっと、調子に乗りすぎでしょ。めちゃくちゃムカつくんですけど」
マジで、なんなの、こいつ。
中谷彰宏 ?
こんな評価をあたしに下して説教するなんて、いったいこいつ今、どんな立場に立ってるつもりなのだろうか。
そりゃあ、付き合ってるころは毎回のようにシックスナインみたいな体勢をとって、お互いのアソコを、ってかお尻の穴まで舐め合った。
会社の事務服をあたしの部屋に持って帰って、ツカモトはスーツ、あたしはOL服で、イメージプレイだってしたことはある。
目隠し&万歳拘束で、羽箒で責められたこともある。
その逆で、ツカモトを目隠し&万歳拘束して羽箒で責めたこともある。
休日のデート中に、雑居ビルの踊場で声を殺してセックスしたこともあった。
そういえば、付き合っているとき、大喧嘩したことがあった。
たぶん理由は些細なことだったと思う。もうはっきりとは覚えていない。
そのとき、わたしがツカモトを完全に言い負かしたら、いきなりツカモトが襲い掛かってきた。
乱暴に部屋の床に押し倒されて、むしり取るように衣服を剥ぎ取られた。
ツカモトは超興奮していて、あたしは抵抗したけど、それはそれでまたなぜかあたしも興奮していた。
多分あのころは、お互いそれなりに・・・お互いのことが好きだったのだろう。
さっきまで怒り狂っていた相手が、妙に興奮して襲い掛かり、あたしの服をはがして、むしゃぶりついてくる。
その乱暴な衝動にもとづく愛撫に身を任せていると、へんに心地よかった。
あの時は、台所まで這って逃げたけど、四つんばいのまま組み伏せられて、お尻を高く上げさせられるような格好で、前戯もそこそこにぶちこまれた。
不思議なことだけど、その段階まで来たときには、あたしは口では
『……て、てめー!!……あ、後で覚えてろよ!!!』
みたいなことを言いながら、内心では超盛り上がっていた。
ぶちこまれた時には、
『ああああんっ!!!』
みたいな、超甘えた声を出して、そのままカイラクの渦にノミコマレてしまった。
『ほれほれ・・・なんだかんだ言ってもうびちょびちょじゃないか・・・気持ちいいんだろ?』
とかなんとか、ツカモトが調子に乗ってあたしをがんがん突いてきた。
『・・・き、気持ちよくねーーよ!!!』
と叫んだけども、声がすっかり 鼻に掛かった甘え声になっていたので、ぜんぜん迫力がないことはわかっていた。
というか、めちゃくちゃ気持ちよかった。
必死で声をこらえたけど、こらえようとすればするほど、声が出てしまう。
声をこらえなきゃならない状況で、相手を見た目で喜ばせたくない、というような前提としてのあたしの認識みたいなものが、頭の中で変に作用し合って、あたしの全身にいつも以上の刺激を配信していた。
実際、最後には台所で組み伏せられたまま、イッてしまった。
実際、途中からはあたしも、なんとしてもこのシチュエーションでイッテしまおうと努力していた。
その後は言うまでもないが、ちゃんと仲直りした。
それからもしばらくツカモトとの交際は続いた。
ほどなくして二人の関係は終わったけど、この件とは何の関係もない。
あの頃は、お互いそれなりに、お互いの良いところを見つけ、それを好ましく思おうと努力していた。
そう、努力。
たとえばこういうグダグダなセックスにおいても、何とか愉しみを貪欲に見つけ出そうとする積極的な姿勢があたしにもあったし、それはツカモトにもあったと思う。
関係を継続するのに必要なのは、お互いの良さを探りあい、失点を見逃しあおうとする努力なのだ。
その努力がどちらかから、あるいは両方から失われたとき、関係は崩れる。
一緒に過ごすということは安らぎではなく、常に心を配っていかねばならない継続の努力だと思う。
「……じっさい可愛いとこあるんだしさ、そこをもっと表に出すようにしなきゃ」
「……え、えっと……何だっけ」
しばらく昔のことを思い出していたので、ツカモトの話をほとんど聞いていなかった。
まあ、聞いていたとしても同じ調子で、ロクでもないことを喋り続けていたのだろうけど。
「……ほら、昔喧嘩したことあったじゃん。喧嘩した後……その、アッチの方になだれ込んじゃったことが」
「え」
一瞬、どきん、とした。
「あの時のこと、今でもおれ、よく思い出すんだよ……なんつーかなあ……あんなにコーフンしたことって、アレ以来ないんだよね。……いやあ、ほんと、最高のエッチだったよ。ね、ちゃんと覚えてる?覚えてるでしょ?」
「…………」
「あの時さ、君もすっごく亢奮してたよね。あんなに激しくヨガったこと、それまでなかったもん。実際おれ、あんとき隣に君の声が聞こえないかどうか、ちょっと心配だったけど、それでも全然萎えなかったもんね。……なんつーの?野生の本能ってのかな?……おれってどっちかって言うと、繊細で内に篭るタイプじゃん?だから自分のなかに、あんなにキョーボーな本性が宿ってるなんて、思ってもみなかったんだよね。まあ、君がエッチなのは知ってたけどさ、でも、あそこまでMっ気っての?……そういうのがあるタイプだとは思わなかったなあ……実際、君みたいなパッと見は怖そうな、しっかりしてそうな女の子が、あーいう局面で見せるM的側面?……みたいなものを見せられると、実際男としてはたまんねー訳ですよ。ね、聞いてる?」
「切るね」
「あっ……てめえこの……」
プツ。
なんでツカモトは、あのときの話題なんか持ち出してきたんだろう。
あたしが、怒り気味だったからだろうか。
だとすると、あのときのセックスの様相を思い出させれば、またあたしも自動的に超亢奮して、昔みたいにセックスができるとでも思ったのだろうか。
そう思うと、笑けてきた。
でも、同時に肌寒さも感じた。
人は、ひとりでは生きられない。
【完】