SOD CAFE
“LOVE”や“FREEDOM”で世界は変わらないので、SOD CAFEへ(嘲)
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 お察しの早い読者のみなさまはもうお気づきのことかと思いますが、わたしの仕事はいわゆる『すけこまし』です。
 
 ヒモではありません。
特定の女にぶら下がっているわけではありませんので。

 また、ヤクザでもありません。
 自分で言うのもなんですが、わたしは生まれつき繊細なほうで、暴力沙汰は大の苦手なのです。

切った張ったも大嫌いなら、ヤクザという人種も好きになれません。

確かに何人かヤクザの知り合いはいますし、ヤクザの中にもわたしのように『すけこまし』を生業としている連中もいます。
 でも、わたしはああいう類いの連中はどうも好きになれない。
 
 わたしは女を手荒に扱いますし、それぞれの気持ちなど平気で踏みにじりますが、女が言うことを聞かないからといって女に暴力を振るうことは決してありません。

 と、いいますか、言うことを聞かなくなった女を殴ってでも言うことを聞かせよう、なんて女に対して執着を見せている時点で、わたしから言わせれば『すけこまし』失格ですね。
 
 わたしがヤクザのことが嫌いなのにはもうひとつ理由があります。
 
 結局ヤクザの世界といいますのは男と男の世界であります。

 親分であったり、兄貴分であったり、または舎弟であったりといった『男と男の付き合い』を女たちのつきあいより優先させなければならないのが、ヤクザの世界。
 
 まあものすごく同性同士でコミットメントなのがヤクザの世界なのですね。
 一種、同性愛的といいますか。
 
 ですのでヤクザの世界は、わたくしのような天性の女好きには向かない世界なのです。

 それにシャブだのチャカだのゲーム喫茶だのショバ代だので、お金を増やそうという意識もあまりありませんし。

 まあ、シャブはセックスの時に使用することもありますが、そのあたりに関してはまた後で詳しくお話しすることにしましょう。
 
 ですので、わたしはヤクザ連中からも『あいつはオメコの汁で飯食っとる』と陰口を叩かれるような、スケコマシの中でも一目を置かれる存在です。
 
 かなり前置きが長くなってしまいました。

 それではここで、なんでわたしがこんな風になってしまったのか?……といういことをお話したいと思います。
 
 ……いや、別にイヤイヤ『すけこまし』になったわけではありませんので“なってしまった”なんていう言い方はヘンかもしれません。

 でもまあ、世の中は広いですので、このいっぱしの『すけこまし』がどのように生まれ、どのように成長して現在に至るのか、ということに興味をもたれる方もいらっしゃることでしょうから、一から順を追ってお話したいと思います。
 
 まず、わたしが『すけこまし』になったのは、生まれつき持って産まれたものによるところが大きいと言えます。

 まあ、ぶっちゃけ、わたしは生まれつき顏が良かったわけですね。
 
 自分が赤ん坊だったころの写真を収めたアルバムなんかが残っていればいいのですが、なにぶんこのような生き方をしているものですので、手元にありません。
 
 わたしは赤ん坊の頃から、大変可愛らしい顏をしていたらしい。

 物心ついたときには、すでに母や祖母や姉がやたらわたしをちやほやし、蝶よ花よとまるでお殿様のように可愛がってくれたのをいまでも覚えています。

 わたしも子供でしたので自分の顏がいいのかどうか、そんなことは自分でもよくわかりませんでしたが、どうもわたしがおどけたり、笑ったり、泣いたりすると、そのたびに母や祖母や姉が喜ぶ。
 
 わたしも天性のお調子者でありますから、ついつい母や祖母や姉を喜ばせたくて、彼女達の前で百面相をやって見せたものです。
 
 「あははははは!可愛い!!」姉が腹を抱えて笑います。
 「ほんまにこの子は男前やねえ」母が嬉しそうに微笑みます。あ、わたしの地元は関西です。
 「将来は映画俳優やね」祖母がうんうんと頷きながら言います。
 
 そんな状態でしたので、わたしは生まれながらにして、ひとりでに自惚れを増長させるような家庭環境で育ちました。

 何せ、何をしてもかわいい、かわいいと言って喜ばれるのです。
 
 そんな環境で育った子供がまともな人間になるはずがありません
 
 また、詳しくは書きませんが、わたしの家にはある事情がら父が居ませんでした。
 男兄弟もおりません。
 
 こうした家庭環境もわたくしの性格形成、ある意味、異常な性的嗜好の原型を形作っているのかも知れませんが、まあ自分で詳しく分析してみたことがないし、そういうことにあまり関心はありませんのでここでそれをくどくど述べるのは止めておきましょう。
 
 心理学などに知識がある方で興味をお持ちの方は一度、分析してみてください。
 少なくとも暇つぶしにはなると思います。
 
 さて、そんな風に家の中で女家族に囲まれて、彼女らを喜ばせることに忙しかったせいか、わたしには近所の友達、しかも同性の友達というのが一人も居ませんでした。
 
 かといって、寂しかったわけではありません。

 わたしはもうすぐ40歳に届こうという歳ではありますが、この歳になるまで人生において一度も、『寂しい』という感覚を味わったことがないのが自慢でもあります。
 
 まあ、自慢にもなりませんけどね、そんな事。
 
 わたしがはじめて……母や祖母や姉以外の、赤の他人に対して自分の魅力が有効であることに気づいたのは、保育園に入ってからのことでした。
 
 これも人間の業というやつでしょうか……わたしが生まれて女をたぶらかしたのは、5歳の時。

 相手は15歳も歳が離れた、新人の保育士さんでした。
 

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