ええ、主人は、いつもその……セックスのときに……あのクスリを使いました。
ってか……なんでわたしがこんなことを説明して、はずかしめを受けなきゃいけないんですか?
……はい、主人があのクスリを使用していると知ったのは、去年の暮れのことです。
最初はほんと、信じられませんでした。
稼ぎは少ないけど、わたしにも息子にも、とっても優しい主人だったのに……。
「一体、何を考えてるの???あなた、一児の父なのよ?」って……わたし、泣きながらあの人に言いました「もう少し、オトナとしての自覚を持ってよ!!」
するとあの人、まるで子供みたいにふて腐れてしまって……。
確かに子供っぽいところが多い人でした。
でも、わたしも彼の……そんな子供っぽいところに母性本能をくすぐられたことは事実です。あの人と一緒になろうと思ったのも、そんな彼のことをカワイイと思ったからでした。少年みたいに拗ねる彼の仕草が、なんか愛おしくって……でも、いつまでもそんな彼を許していたわたしも、悪かったのかも知れません。
「……どうせ俺にはオトナの自覚はねえよ。稼ぎもお前より少ねえしな」
「そんなこと、言ってんじゃないでしょ??」
「そういうお前はどうなんだよ。いつまでも若くねえんだぜ?……その調子で、いったいいつまで稼いでいけると思ってんだよ?」
「稼ぎのことなんか話してないじゃない!!」わたしは思わず声を荒げていました。「あ、そう?稼ぎのこと?あなたが稼ぎのこと言うんだったら、あたしも言うわよ。いったいあんたのそのろくでもないクスリ、いったいいくらで買ってきたのよ!あんたの少ない稼ぎで、よくもまあそんなもんを買える余裕があったわね!!」
「ろくでもないクスリだって?」
彼はいきなり、立ち上がりました。
すごい剣幕でした。
あ、わたし、殴られる、と思いました。
殴られるか……それともその時、子供が学校に行っていたので……つまり自宅に、わたしと主人のふたりっきりだったので……押し倒されて、そのまま……ヤられちゃうかな、と思ったりもしました。
たまに主人はそんなふうに子供っぽくキレると、そういうことをしてくることがあったのです。
そういうときはなんだか……わたしのほうも……さっき言ったみたいなヘンな母性本能みたいなのを掻きたてられちゃって……ええ、ヘンだというのは自分でもわかっています……ああ、怒ったからってこんなことしかできないこの人って、ほんとカワイイ、みたいな感じで……彼のことがすっごく愛おしく思えてきたりなんかしちゃって……なんだか激しく、燃えちゃうんです。
そんなわけだったので、わたしはその時、一瞬だけ、期待してしまいました。
「……な、何よ。殴る気……?それとも……」わたしは言いました「……それとも……」
「お前、今、このクスリのことろくでもない、って言ったよな??」
「え?」
「何でお前、このクスリのことをろくでもない、なんて言えるんだよ??……やってみたことないだろ?……ええ?」
「……な、何言ってんの?」
キレるのそこかよ。
わたしは正直、がっかりしました。
っていうか……そんなところでキレるなんて……ああ、この人は一体どこまで子供なんでしょうか。
「やってみたこともない奴に、このクスリの素晴らしさがわかってたまるかよ!……なんでお前、やってみたこともないのに、この俺にそんな偉そうに説教できんだよ!」
「………わたしたち、別れましょう」
思わず、口走ってしまいました。
「え?」
その時の彼の顔といったら……さっきまで怒りで真っ赤になっていた顔が、おもしろいようにどんどん青ざめていきました。
「別れましょう……あの子は、わたしが引き取るから。慰謝料とか養育費とか、そーいう面倒くさいことはもう、あなたに期待しないから。ええ、もうわたし、ウンザリよ」
「う……嘘だろ?おい、冗談だろ??」
「冗談じゃないわよ!マジよ!大マジよ!超マジよ!」
「……待ってくれ……待ってくれよ……なあ……」
「もうイヤ!こんな生活!!あんたの顔見るのもウンザリよ!!」
気がつくとわたしは大声で泣いていました。
彼はおろおろしながら……いろいろと弁解と泣き言を並べ立てはじめました。
稼ぎが少ないことから、わたしに引け目を感じていたこと……。
事業が思うように伸びず、日頃からストレスを感じていたこと……。
子供の将来のことや、わたしたちの老後のこと、彼の兄弟はそれなりに成功しているのに、親戚中でも自分がいちばん冴えない生活を送っていることの劣等感……仕事仲間から、『髪結いの亭主』呼ばわりされているのではないかという被害妄想……そしてついにたどりついたのが、このクスリによるつかのまの現実逃避だった……みたいな話でした。
はっきり言って、目新しいことやちゃんとまともに聞くべきところは、何もないような話でした。
「……でも……このクスリをやってるときだけは、すべてを忘れて、いい気分になれるんだ……」
彼は言いました。
え、そうなの。
わたしや、息子と過ごしている時間はどうなの。
それからも逃避して、こんなろくでもないクスリに逃避していたいの……?
ますます、絶望的な気分になりました。
目の前が、ほんとうに……一段階、暗くなったような気がしました。
わたしこそ、そんな現実から、もう逃げ出したくなってしまいました。
「……そのクスリ……」わたしは言いました「……ほんとに、そんなにいい気分にさせてくれるの……?そんなに素晴らしいもんなの……?」
「え?」彼はぽかんとしました。その顔は、間抜けそのものでした。
「……ねえ、そんなに素晴らしいクスリなんだったら、わたしもそれ、試してみるよ。……あなたがそんなに入れ込んじゃうくらいなんだもの……さぞ、いい気持ちなんでしょうね……ねえ、どうやってそのクスリ、やるの?……やっぱり注射かなんか使ったりするわけ……?」
「ははは!」彼は、急に元気になりました「そんなわけないだろ!俺が注射大っきらいなの、知ってるだろ?……お前もそうだし……まあ、チビの奴も注射が嫌いなのは、さすが俺らの子、ってとこだよな!!」
明るい人でした。
「……じゃあ……どうするの?飲むの?……映画みたいに、鼻から吸うの?」
「それもあるけど……もっといいやり方があるんだぜ」
彼はそういうと、意味ありげに笑いました。
……ここから先は……法律上の問題もありますので、あまり詳しく説明することはできません。
たとえこういう場だからと言って、違法な薬物の使用法に関する情報を事細かに伝れば……青少年にどんな悪影響をもたらすかわかりませんし。
そう、わたしだって、一児の母です。
ドラッグが蔓延し、これ以上たくさんの子供たちがその犠牲になることは……決して望みません。
そんなことは、あってはならないことです。
青少年の間にドラッグが蔓延することの理由には、やはりドラマやマンガや、こんなケータイ小説みたいなものが……いかに、表向きのメッセージは『ドラッグの恐ろしさを子供たちに知ってもらいたい』みたいな感じでも……その魅力を大げさに、そしていかにもカッコイイことであるかのように、無反省に表現するからじゃないでしょうか。
だから、わたしも……その利用法については説明を割愛したいと思います。
しかし、その恐ろしさについては、経験者として語る責任があるとも思っています。
約一時間後、わたしと主人はお互いに全裸で、ベッドの上で屠りあっていました。
わたしは左のわき腹を下にして右脚を高くあげ、主人がそれを肩に担ぎ上げる格好で……激しくわたしに打ち込んできます。
いわゆる、『帆掛け舟』の体位でした。
『松葉くずし』とも言うらしいですね。
「ほら!ほら!ほら!ほら!ほら!ほら!」
「ああんっ!!あはっ!!はあんっ!!すっ……すごい、すごいっっ!!!!」
「ほら!どうだ!いいだろ?すげえだろ?たまんねえだろ!?」
「あああああんっ!!すごいっ!!た、たまんないっっっ!!」
……ほんとうにそれまで体験したことのない凄まじいまでの感覚でした。
主人が突き入れるたびに、わたしの頭の中ではまるでお寺の鐘のような、雷鳴のような轟音が響き渡り、目の前に七色の火花が散ります。
主人が腰を引くたびに……まるで自分の内臓が引き抜かれたような心もとない、切ない感覚がわたしを襲い、ほんの一瞬後の主人の一突きを求め、待ちわびるのです。
「……もっと!もっと!もっと深く突いて!そこ!」
「こうか?これかこうか?」見上げると主人の瞳孔は、完全に開いていました「すごいだろ?こんなの初めてだろ?ほら、どうなんだ?もっと言ってみろよ!」
「さ、さわって……もっとさわって……全身、めちゃくちゃに触って!!」
「こうかあ?どうだ?ああ?こうかあ?」
主人はわたしの乳房を握りつぶすように鷲づかみにして、めちゃくちゃに揉み込みました。
肉を引きちぎるかのような、ほとんど暴力のような愛撫でした。
「ああああんんんんっっ!!!……な、なんで?なんでこんなに………なんでこんなにいいのお????………し、死んじゃう」
主人の手が全身を這い回ります。
わたしの感覚は普段の10倍、100倍、いや1000倍……いいえ、とても数値化できないくらいに倍増されていました。
どこをやさしく撫でられようと、どこを乱暴に掴まれようと、どこに爪を立てられようと、それがすべて、気が遠くなるくらいの快感に変換されてしまうのです。
全身の皮を剥かれて、むき出しの肉に触れられているような感覚、とでも表現したらいいんでしょうか。
下品な表現になりますが……まるで全身がクリトリスになったような気分です。
主人の一挙一動、一突き、一突きが、ふだんの絶頂のときに感じる感覚の何倍にもなってわたしを責めたててくるのです。
もう死にそうでした。
気が狂いそうでした。
このままほんとうに絶頂を迎えてしまうと、いったいわたし、このままどうなっちゃうんだろう?
はっきり言って、恐ろしくなりました。
果てのない宇宙遊泳をしてるような気分です。
何度もわたしの全身の筋肉が引きつり、気が遠くなり、わたしの声はもう、完全にしわがれて獣じみていました。
「どうだ?すげえだろ?気持ちいいだろ?……こんな気持ちいいことがあるなんて、人生捨てたもんじゃないだろ?」
「す、すごいっ……し、死んじゃう……ど、どうにかなっちゃう……」
「ほ、ほら、言ってみろよ……こんなに気持ちいいセックスができて、『うれピー』って言ってみろよ!!」
「あっあっあっあっあっあっあっあっ……………」
もう……わたしがその日、数十回目の絶頂を満喫しようと思っているところに……ほんとうに無粋でバカなひとです。
しかし……そんなことはありえないとは頭とはわかっていても……突き入れられるたびに主人のその部分は……さらに硬く、さらに太く、さらに長く……力強くなっていくようにさえ思えました。
「………ほら、言えよ……言えって……こんなセックスができて、うれピーって……」
「あっあっあっ……………ああっああっ……もうだめっ………」
「ほら言えよ………言わないと………言わないとやめちゃうぞ………」
「……ああっ……だめっ………言うから………言うから………やめちゃだめ……」
「ほら……言えよ……大きな声で言ってみろよ!!」
「………うっ………うれっ…………うれ…………」
……もう充分でしょう。
これをお読みの10代の読者の方も、ドラッグの恐ろしさが充分にわかったことと思います。
ほんとうにドラッグは人を獣にします。
獣のように快楽を求めて悶え狂った日々を思い出しただけで……わたしは恥ずかしさで死にたくなります。こんなこと……もし息子に知られたりしたら……。
だからわたし、もう二度と……主人にはもちろん……息子にも、顔を合わせないつもりです。
今までわたしを支え、応援してくれたみなさん。ほんとうにありがとうございました。
みなさんも、決してドラッグには近づかないでください。ドラッグはすべてを破壊します……それまで築き上げてきた、名声や、地位や、財産はもちろん……幸せや、愛や、家庭を……人間にとって大切なものすべてを。
……もういいですか?
じゃあ、わたしはこれで失礼します。
日本のみなさん、お元気で。
わたしは必ず、逃げ切ってみせます。
【完】