「誰にも言わんといてね……」
あの普段でさえ伏目がちの水井さんが、長い睫毛を下げて、わたしの目の前でそう呟いたときのことは今でもはっきりと思い出すことができます。
あのときの水井さんの物憂げな表情を思い出すと……えーと、何でしたっけ?……ああ、そうそう“肉棒”が硬くなります。
いまではすけこましで食っている身分のわたしですが、ときに、いざという時、ここ一番という時、肉棒がしっかり硬くならないことがあります。
そりゃあわたしもすけこましとはいえ人の子ですからね。
そういうときはいつも、この日の水井さんの表情を思い出すようにしています。
そうすると、みるみるうちに肉棒が活気を取り戻すのです。
「……あたし、家帰るのんいやなんよ……」水井さんが言いました「……家、嫌いやねん。学校も嫌いやけど」
「なんで……?」
なんで彼女が家に帰りたくないのか、そんなことははっきり言って当時のわたしにとっても現在のわたしにとってもどーーーでもいいことなのですが、ここは興味あるフリをしておいてやるしかないでしょう。
「……家に帰ったら…………イヤなことがあんねん」
そこで、彼女はぶる、っと身を震わせました。
「すごい、イヤなことが」
「イヤなことって…………何?」
そういう質問をするべきではなかった、と今となっては後悔しています。
聞いてどうなるわけじゃなし、何ができるわけじゃなし。
まあ、改めて聞いてみなくても、養父か、義理の兄か、または実の父か兄かなんかに、いやらしいことをされている、くらいの話でしょう?
聞いてみるまでもありません。
しかし、10歳の子供にとって、世の中のほとんどすべては未知なのです。
そして、その多くが自分には関係がない、ということもまた、知るはずもありません。
「…………聞きたい?」水井さんの、声は震えていました。「あんたにだけは……教えてあげる」
と、水井さんがわたしに覆いかぶさるように抱きついてきました。
彼女はわたしより身長が3~4センチ高かったと思います。
わたしは、しばらく大人しくしていました。
やがて、シャツを通して、彼女の熱い涙が沁み込んでくるのを肩に感じました。
すばらしい。人生で2回目のすけこまし成功です。
「……誰にも……誰にも言わへんって……約束できる?」
熱い息とともに、水井さんがわたしの耳元で囁きます。
耳元でそうやって小さな声で囁かれると、全身がゾクゾクするということはそのときはじめて知りました。
「おとうさんがね………、おとうさんというか……あのおっさんがね……」
彼女の小声の告白が始まりました。
細部は割愛いたします。
予想したとおり、ある日水井さんがお風呂に入っていると、お母さんの再婚相手である男が酒臭い息で入ってきて、その日以来……という類の話。
わたしも細部は覚えていませんし、まああまりにもありふれた話なので退屈です。
それよりもその時、当時は精通もまだでしたが、わたしの肉棒は激しく硬くなっていたのを良く覚えています。
彼女の告白のせいではありません。
彼女の髪の匂いや、肌で感じる鼓動、肩に落ちる涙、囁かれる涙声、すべてが当時10歳だったわたしを激しく欲情させていたのです。
わたしはもう、居ても立ってもいられなくなりました。
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